読書ガイド

リミナルスペースを感じる小説

通り過ぎるためだけの場所に、出られないまま留まってしまう。そんな感覚を文章で味わえる本を集めました。

発行: Simran Mehta 更新日

『リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車』(シムラン・メータ)の表紙

このサイトの小説 · 第1作 日本語版

リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車

日本語版

終わりのない通路や、どこにも着かない乗り物の感覚が好きな人には、The Train Between Worlds(第1作、日本語版『リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車』)を。エリオが目を覚ますと、そこは走り続ける列車の中。どうやって乗ったのかは思い出せない。窓の外は静かな田園から、ありえない夢の風景へと変わり、扉を開けるたびに別の謎が待っている。切符には「行き先:不明」とある。まさに「列車のかたちをしたリミナルスペース」の物語です。日本語版はAmazon.co.jpのKindleで読めます(Kindle Unlimited対象)。

結論

リミナルスペースを感じる小説なら、まずスザンナ・クラーク『ピラネージ』(東京創元社、原島文世訳)です。果てしなく続く広間と彫像、潮が満ちてくる階段だけの世界で暮らす男の日記で、リミナルスペースの「誰もいない、終わりのない建物」の感覚をいちばん純粋に味わえます。日本の作品なら、無限に続く地下通路を描いた川村元気の小説『8番出口』、壁に囲まれた街を描いた村上春樹『街とその不確かな壁』、砂の穴の底から出られなくなる安部公房『砂の女』を。

リミナルスペースとは、小説では何か

リミナルスペースは、廊下、待合室、深夜の駅の通路のように、本来は通り過ぎるためだけにある場所が、誰もいないまま妙になつかしく、少し怖く見える感覚を指すネット発の言葉です。ゲーム『8番出口』のヒットで、日本でも一気に広まりました。

小説でこの感覚を生むのは、怪物や幽霊ではありません。場所そのものが、説明のつかないルールで動いていること、そして登場人物がそこから出られない、あるいは出ようとしないこと。下の5冊は、その条件を満たす本です。ホラーよりも、静けさや宙づりの感じを重視して選びました。

終わりのない建物

  1. ピラネージ スザンナ・クラーク

    原題: Piranesi

    東京創元社 · 2022 · 訳: 原島文世

    主人公は、無数の広間が果てしなく連なる「館」で暮らしている。広間には大理石の彫像が並び、下の階には潮が満ち引きし、上の階には雲が流れる。彼は館を愛し、潮の時刻や彫像を丹念に日記に書きとめている。館で出会う生きた人間は、週に二度だけ会うひとりの男しかいない。やがて日記の中に、彼自身も気づいていない違和感が見えてくる。誰もいない巨大な建築の美しさと、そこに閉じ込められていることの怖さが同時にある、リミナルスペース小説の決定版です。「ピラネージ 小説」で検索してたどり着いた人は、何も調べずに読むのがおすすめ。

    向かない人:

    早い展開や派手な魔法を期待する人。謎はゆっくりとしか明かされず、前半は館の描写と日記が中心です。

    確認した情報源: 国立国会図書館サーチ:ピラネージ(東京創元社、2022年、原島文世訳)

  2. 8番出口 川村元気

    水鈴社 · 2025

    白い地下通路を歩いていると、いつまでたっても出口にたどり着かない。同じ通路が繰り返し現れ、どこかに「異変」があれば引き返し、なければ進む。インディーゲーム『8番出口』を、映画版の監督・脚本を務めた川村元気が自ら小説にした一冊です。ゲームにはない、通路に閉じ込められた男の内面や記憶が書き込まれていて、白い蛍光灯の通路がそのまま心の中の場所に変わっていきます。170ページほどで、一気に読めます。

    向かない人:

    ゲームのような謎解きの爽快感を求める人。小説版は、通路そのものより、そこにいる人間の後ろめたさや記憶を描くことに重心があります。

    確認した情報源: 国立国会図書館サーチ:8番出口(水鈴社、2025年), KAI-YOU:ゲーム『8番出口』の小説刊行

出られない場所、出ようとしない人

  1. 街とその不確かな壁 村上春樹

    新潮社 · 2023

    高い壁に囲まれた街。門には門衛がいて、時計台には針がなく、図書館では「古い夢」を読む仕事がある。十七歳の「ぼく」が、少女から聞いたその街に、やがて本当に足を踏み入れていく。村上春樹が若いころに書いた中編を、四十年あまりを経て書き直した長編で、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」の街とも深くつながっています。時間が止まったような街の静けさは、リミナルスペースの感覚そのものです。

    向かない人:

    短く引き締まった物語を読みたい人。原稿用紙1200枚の長編で、ゆっくり進みます。

    確認した情報源: 新潮社:街とその不確かな壁(2023年)

予告編(30秒)

  1. 砂の女 安部公房

    新潮社(新潮文庫) · 1962

    砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂の穴の底にある一軒家に泊められ、そのまま出られなくなる。家には女がひとり住んでいて、毎晩、降り積もる砂をかき出さなければ家が埋まってしまう。脱出しようとあらゆる手を試す男と、それを上から眺める村の人々。説明のつかない場所に閉じ込められ、やがてそこにいることが日常になっていく感覚は、半世紀以上前の作品なのに驚くほど現代的です。読売文学賞受賞、二十数か国語に翻訳された日本文学の古典。

    向かない人:

    息苦しい閉塞感が苦手な人。読んでいるあいだ、口の中に砂が入ってくるような小説です。

    確認した情報源: 新潮社:砂の女(新潮文庫)

やさしいリミナルスペース

  1. かがみの孤城 辻村深月

    ポプラ社 · 2017

    学校に行けなくなり、部屋に閉じこもっている中学生のこころ。ある日、部屋の鏡が光り出し、くぐり抜けると、そこには城がある。城には同じように居場所をなくした子どもたちが集められていて、決められた時間のあいだだけ過ごすことができる。現実と切り離された、誰のものでもない場所で過ごす時間の心地よさと心細さは、怖くないリミナルスペースと言えます。2018年本屋大賞受賞。10代から大人まで、広く読まれている一冊です。

    向かない人:

    大人向けの不穏さや恐怖を求めている人。これは基本的に、救いと再生の物語です。

    確認した情報源: 公募ガイド:かがみの孤城(ポプラ社、2017年5月、2018年本屋大賞)

『ピラネージ』をもっと深く読みたい人へ

『ピラネージ』という題名は、18世紀イタリアの版画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージに由来します。彼の連作版画「牢獄」は、どこまでも続く階段やアーチを描いた、まさに「ありえない建築」の絵です。小説の館を想像するとき、この版画を見てみると雰囲気がぐっとつかみやすくなります。

語り手が自分の置かれた状況をどこまで分かっているのか、という読み方が気になった人は、信頼できない語り手の小説もどうぞ。

よくある質問

読者からよく聞かれること

リミナルスペースを感じる小説のおすすめは?

スザンナ・クラーク『ピラネージ』が決定版です。日本の作品なら、川村元気の小説『8番出口』と、村上春樹『街とその不確かな壁』をおすすめします。

『ピラネージ』の日本語版はありますか?

あります。原島文世訳で、2022年に東京創元社から刊行されています。

『8番出口』に小説版はありますか?

あります。映画版の監督・脚本を務めた川村元気による書き下ろし小説が、2025年に水鈴社から出ています。

リミナルスペースの小説はホラーですか?

必ずしもそうではありません。不気味さはありますが、多くは怪物や幽霊ではなく、場所そのものの静けさや、出られない感覚を描いた文学作品です。

もうひとつの予告編(30秒)