読書ガイド
認知症を描いた小説のおすすめ
介護する家族の側から読むか、忘れていく本人の側から読むか。同じ病気でも、選ぶ本はまったく違ってきます。
このサイトの小説 · 第1作 日本語版
リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車
日本語版
認知症や「忘れていくこと」を、病気の説明ではなく「記憶とは何か」という問いとして読みたい人には、日本語版『リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車』を。現実の病気を描いた小説ではなく、記憶を手がかりに自分を組み立て直していく列車の物語ですが、テーマは「忘れること」と「覚えていること」です。日本語版はAmazon.co.jpのKindleで読めます(Kindle Unlimited対象)。
結論
認知症の小説でおすすめを選ぶなら、まずは家族の側から描いた二冊、中島京子『長いお別れ』と、1972年のベストセラー有吉佐和子『恍惚の人』です。忘れていく本人の一人称・視点で読みたいなら、若年性アルツハイマーと診断された男性が自分の言葉で語る荻原浩『明日の記憶』、認知症の老人の内側を描いた久坂部羊『老乱』、八十代の女性の目から見た朝倉かすみ『にぎやかな落日』を。翻訳小説ではリサ・ジェノヴァ『静かなアリス』が定番です。
どの視点から読みたいか
認知症を描いた小説は、大きく二つに分かれます。ひとつは介護する家族の目から描いたもの。日本では1972年の『恍惚の人』がこの分野のベストセラーの原点で、半世紀後の『長いお別れ』まで、家族の疲れや笑い、思いがけない優しさが描かれてきました。
もうひとつは忘れていく本人の目から描いたもの。「認知症 小説 一人称」と検索する人が探しているのはこちらでしょう。本人の内側から書くと、周りの人が急に冷たくなったように見えたり、自分は正しいのに誰も信じてくれなかったりする。その怖さと理不尽さを体験できるのは小説ならではです。
いま家族の介護の最中にいる人には、重すぎる本もあります。各冊の「向かない人」も参考にしてください。
家族の目から:ベストセラーの二冊
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長いお別れ
元中学校校長の父が認知症になり、妻と三人の娘たちが、およそ十年にわたって振り回され、笑い、泣く。八つの連作短編で描かれる家族の時間は、驚くほどユーモラスです。作者自身の父親の介護経験がもとになっていて、深刻さを押しつけずに、それでも確実に父が遠ざかっていく感覚を残します。認知症の小説を一冊だけ選ぶなら、まずこれ。中央公論文芸賞受賞、映画化もされました。
- 向かない人:
介護の制度やお金の現実を詳しく知りたい人。これは実用書ではなく、家族のアルバムのような小説です。
確認した情報源: 紀伊國屋書店:文春文庫版 長いお別れ, 文藝春秋 本の話:長いお別れ
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恍惚の人
姑が急死し、働く主婦の昭子は、すっかり老いた舅の世話を一人で背負うことになる。1972年に刊行され、その年のベストセラー総合1位になった、日本の「認知症小説」の原点です。半世紀前の作品ですが、家族が介護を抱え込む構図、社会の支えの薄さ、そしてふと見せる舅の無垢な表情は、今読んでもまったく古びていません。『長いお別れ』と読み比べると、日本の家族と介護の五十年が見えてきます。
- 向かない人:
現在の介護制度に沿った話を読みたい人。描かれているのは介護保険もない時代の家庭で、言葉づかいにも時代が出ています。
確認した情報源: 新潮社:恍惚の人(新潮文庫、1972年新潮社刊)
本人の目から:一人称・本人視点の小説
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明日の記憶
広告会社で働く五十歳の男性が、言葉が出てこない、約束を忘れる、という小さな異変から、若年性アルツハイマーと診断される。物語は本人の語りで進み、メモを取り、必死に取り繕い、それでも記憶がこぼれていく過程を、読者は内側から体験します。働き盛りの人が仕事と家族を失いかけるという設定は、高齢者の介護ものとはまったく違う切実さがあります。山本周五郎賞受賞、本屋大賞2位。
- 向かない人:
親が若年性認知症と診断されたばかりの人、または自分自身に不安がある人。リアルすぎて読むのがつらいかもしれません。
予告編(30秒)
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老乱
高齢者医療に携わってきた医師でもある作家が、認知症の老人・五郎の心の中を、本人の視点から描いた長編です。家族の側から見ると「問題行動」でしかないことが、本人の側から見ると筋の通った行動だったりする。その食い違いを、家族の側の視点と行き来しながら見せていきます。合間に挟まれる新聞記事などが、物語を現実の社会に結びつけます。介護をしている人が、親の気持ちを想像する手がかりになる一冊です。
- 向かない人:
救いのある読後感を求めている人。医師の目で書かれた、遠慮のないリアリズムです。
確認した情報源: 文春オンライン:久坂部羊『老乱』(朝日新聞出版、2016年)
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にぎやかな落日
北海道で一人暮らしをしてきた八十三歳の「おもちさん」は、持病が進み、物忘れも増えて、高齢者向けの住まいに移ることになる。東京の娘は一日二回電話をくれ、近くに住むお嫁さんは買い物に連れて行ってくれる。それでも寂しさやもどかしさは消えない。おもちさん本人の目から、ユーモアたっぷりに語られる日々は、深刻な介護小説とは違う明るさがあり、それがかえって胸に残ります。
- 向かない人:
はっきりした筋や事件を求める人。大きな出来事はなく、日々の気持ちの揺れが中心です。
確認した情報源: 文春オンライン:『にぎやかな落日』(光文社), 紀伊國屋書店:光文社文庫版
翻訳小説と、古典の一冊
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静かなアリス
ハーバード大学で言語学を教える五十歳のアリスが、若年性アルツハイマーと診断される。言葉の専門家が言葉を失っていく、という設定が残酷なほど効いています。物語はアリスにぴったり寄り添って進み、できていたことが一つずつできなくなる過程を、彼女と一緒にたどることになります。アメリカでベストセラーになり、映画『アリスのままで』の原作にもなりました。『明日の記憶』と読み比べると、日米の職場と家族の違いも見えてきます。
- 向かない人:
新刊書店で探したい人。2009年の単行本は流通が少なく、図書館や電子書籍、古書で探すことになるかもしれません。
確認した情報源: 講談社:静かなアリス(2009年、古屋美登里訳)
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わが母の記
作家である「私」が、老いて少しずつ記憶を失っていく母を見つめた、「花の下」「月の光」「雪の面」の三部作。介護の苦労よりも、母の中で何が残り、何が消えていくのかを、静かに、ほとんど観察するように書いています。家族の視点で書かれた一人称の文学として、いちばん美しい一冊です。2012年に映画化されました。
- 向かない人:
物語の起伏を求める人。私小説に近い、淡々とした随想のような文章です。
確認した情報源: ブクログ:わが母の記(講談社文芸文庫)
あわせて読みたい
認知症ではなく、事故や病気による記憶喪失を描いた小説、たとえば八十分しか記憶がもたない数学者を描いた小川洋子『博士の愛した数式』のような本は、このページでは扱っていません。過去と記憶をめぐるやさしい物語なら、『コーヒーが冷めないうちに』に似た本もどうぞ。
よくある質問
読者からよく聞かれること
認知症を描いた小説でいちばん有名なベストセラーは?
有吉佐和子『恍惚の人』です。1972年に刊行され、その年のベストセラー総合1位になりました。現代の作品では中島京子『長いお別れ』が広く読まれています。
認知症の本人の一人称で書かれた小説はありますか?
荻原浩『明日の記憶』は、若年性アルツハイマーと診断された男性自身の語りで進みます。本人の視点を中心にした作品としては、久坂部羊『老乱』や朝倉かすみ『にぎやかな落日』もあります。
介護中の家族が読んで救われる小説は?
重くなりすぎないのは『長いお別れ』と『にぎやかな落日』です。どちらも笑える場面が多く、介護を一人で抱え込まない家族が描かれています。
若年性認知症の小説は?
荻原浩『明日の記憶』と、翻訳ではリサ・ジェノヴァ『静かなアリス』です。どちらも五十歳前後で診断された人が主人公です。
