読書ガイド

幻想小説おすすめ9選

夢と現実の境目がぼやけるような物語。読んでいるあいだ、少しだけ別の世界に足を踏み入れたような感覚になる物語。

発行: Simran Mehta 更新日

『リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車』(シムラン・メータ)の表紙

このサイトの小説 · 第1作 日本語版

リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車

日本語版

現実と非現実、記憶と忘却の「あいだ」を描く、切ない幻想ミステリーが読みたい人には、このサイトの小説の日本語版『リミナル・フィクション ― 世界のはざまの列車』を。目覚めると見知らぬ列車の中、片道切符の行き先は「不明」。浮かぶ庭、記憶が棚に並ぶ部屋、本がささやく図書室と、車両を進むたびに列車は現実の法則から外れていきます。古典の幻想文学というより、『ピラネージ』に近い現代の物語です。日本語版はAmazon.co.jpのKindleで読めます(Kindle Unlimited対象)。

結論

幻想小説のおすすめを、初めての人向けに一冊選ぶなら夏目漱石『夢十夜』です。「こんな夢を見た」で始まる十の短い夢は一話数ページで、幻想小説の入門にぴったりです。日本の作品なら泉鏡花『高野聖』、梨木香歩『家守綺譚』、恒川光太郎『夜市』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』。海外ならスザンナ・クラーク『ピラネージ』、エリン・モーゲンスターン『夜のサーカス』、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』を。

幻想小説とは

幻想小説とは、現実にはありえない出来事や世界を、美しく、ときに不気味に描く小説のことです。ファンタジーと重なる部分もありますが、剣と魔法の冒険よりも、

  • 夢のような雰囲気
  • 現実と非現実のあわい
  • 説明しきれない余韻

を大切にする作品が多いのが特徴です。「気になるけれど、何から読めばいいかわからない」という人のために、日本と海外から読みやすい9冊を選びました。すべて今手に入る日本語の版を、出版社・訳者・刊行年とあわせて紹介します。ネタバレはありません。

日本の幻想小説 おすすめ5選

  1. 夢十夜 夏目漱石

    岩波書店(岩波文庫『夢十夜 他二篇』) · 1986

    「こんな夢を見た」。そう始まる十の短い夢の物語です。死ぬ間際の女に「百年待っていてください」と頼まれる男、背負った子どもがだんだん重くなっていく夜道、運慶が仁王を彫る現場。どの話も数ページで終わり、理由も結末も説明されないまま、奇妙な手ざわりだけが残ります。明治の文豪の作品ですが文章は読みやすく、一話ずつ寝る前に読むのにもちょうどいい長さ。幻想小説とは何かを、理屈ではなく体験で知るための一冊です。岩波文庫版には「文鳥」「永日小品」も入っています。

    向かない人:

    筋のある物語を読みたい人。それぞれの夢はつながっておらず、意味を解き明かしてもくれません。

    確認した情報源: 紀伊國屋書店:夢十夜 他二篇(岩波文庫、1986年)

  2. 高野聖 泉鏡花

    KADOKAWA(角川文庫) · 2013

    飛騨から信州へ、山越えの道をたどる旅の僧。ようやくたどり着いた山中の一軒家で宿を乞うと、そこには美しい女が住んでいた。けれど、その女には恐ろしい秘密がある。旅の僧が若い頃の体験を語って聞かせる形で進む物語で、蛇や山蛭の這う山道の描写の生々しさと、女の妖しい美しさの対比が忘れられません。明治の文体なので最初は少し読みにくいかもしれませんが、声に出すように読むとリズムに乗れます。日本の幻想文学を語るうえで外せない古典です。角川文庫版には「外科室」「眉かくしの霊」なども収録されています。

    向かない人:

    古い文語まじりの文章がどうしても苦手な人。まずは『夢十夜』から入るのがおすすめです。

    確認した情報源: KADOKAWA:高野聖(角川文庫、2013年改版)

  3. 家守綺譚 梨木香歩

    新潮社(新潮文庫) · 2006

    駆け出しの物書き、綿貫征四郎は、亡くなった友人・高堂の父に頼まれて、庭と池のある古い家の守をすることになる。そこでは、庭のサルスベリが綿貫に懸想し、床の間の掛け軸から亡き友がボートを漕いでやって来て、河童や小さな人ならぬものたちが当たり前のように顔を出す。章の題はどれも草木の名前で、季節がひとつずつ移っていく。不思議なことが起きても誰も大騒ぎせず、そのまま暮らしが続いていくのが心地よい、やさしい連作です。怖くない幻想小説を読みたい人に。続編に『冬虫夏草』があります。

    向かない人:

    大きな事件や物語のうねりを求める人。起きることはどれも小さく、静かです。

    確認した情報源: 新潮社:家守綺譚(新潮文庫、2006年)

  4. 夜市 恒川光太郎

    KADOKAWA(角川ホラー文庫) · 2005

    何でも売っている不思議な市場「夜市」。小学生のころそこへ迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買ってしまった。大人になった彼は、弟を買い戻すために、もう一度夜市を訪れる。ホラー小説大賞の受賞作ですが、読後に残るのは怖さよりも、取り返しのつかないものへの哀しみです。表題作は中編の長さで、文庫には同じく異界へ通じる道を描いた「風の古道」も収められています。短くて濃い一冊なので、幻想小説の入門としてもおすすめです。第12回日本ホラー小説大賞受賞作。

    向かない人:

    子どもが危険な目にあう話が苦手な人。やさしい語り口ですが、扱っているのは重い取引です。

    確認した情報源: KADOKAWA:夜市(角川ホラー文庫、2008年)

予告編(30秒)

  1. 銀河鉄道の夜 宮沢賢治

    新潮社(新潮文庫『新編 銀河鉄道の夜』) · 1989

    星祭りの夜、孤独な少年ジョバンニは、気づくと友人カムパネルラと一緒に銀河を走る列車に乗っていた。白鳥の停車場、鳥を捕る人、天の川の岸辺の発掘。窓の外を流れる風景はどれも美しく、それでいて、この旅がいつか終わることを最初から予感させます。賢治が亡くなるまで書き直しを続けた未完の作品で、「ほんとうのさいわい」とは何かという問いが、やさしい言葉で読者に手渡されます。日本の幻想小説を語るうえで欠かせない一冊です。新潮文庫版には「よだかの星」「セロ弾きのゴーシュ」なども収められています。

    向かない人:

    物語の結末にはっきりした説明を求める人。未完の作品なので、読み手に委ねられる部分が多くあります。

    確認した情報源: 新潮社:新編 銀河鉄道の夜(新潮文庫、1989年)

海外の幻想小説 おすすめ4選

  1. ピラネージ スザンナ・クラーク

    原題: Piranesi

    東京創元社 · 2022 · 訳: 原島文世

    無数の広間と彫像が果てしなく続き、下の階には潮が満ち引きする「館」。そこで暮らす青年は、館の地図をつくり、潮の時刻を記録し、日記を書いている。館にいる生きた人間は、彼のほかにもう一人だけ。日記の語り口は穏やかで、世界への感謝に満ちているのに、読み進めるうちに、語り手自身が気づいていないことが少しずつ見えてきます。静かで美しく、謎に満ちた小説で、孤独な場所の描写の美しさと、謎が解けていく後半のミステリーの両方を楽しめます。『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』の作者の長編。

    向かない人:

    序盤から筋がどんどん進む本を求める人。最初の数十ページは、館の描写と日記の独特の書式に慣れる時間です。

    確認した情報源: 国立国会図書館サーチ:ピラネージ(東京創元社、2022年、原島文世訳)

  2. 夜のサーカス エリン・モーゲンスターン

    原題: The Night Circus

    早川書房 · 2012 · 訳: 宇佐川晶子

    予告もなく現れ、日没に開いて夜明けに閉じる、白と黒だけでできたサーカス。迷路のように並ぶテントの中では、雲の迷路や氷の庭といった、ありえない出し物が客を待っている。その裏では、幼いころからそれぞれの師に鍛えられた二人の若い魔術師が、互いに相手を知らないまま、ルールの分からない長い勝負に縛られていた。時代と視点を行き来する章立てで、筋を追うよりも、きらびやかな場面の描写に浸る読書体験です。ロマンチックな幻想小説を探している人に。

    向かない人:

    緊張感のある勝負の物語を期待する人。勝負は背景にあり、物語はゆっくりと雰囲気を重ねていきます。

    確認した情報源: 国立国会図書館サーチ:夜のサーカス(早川書房、2012年、宇佐川晶子訳)

  3. 見えない都市 イタロ・カルヴィーノ

    原題: Le città invisibili

    河出書房新社(河出文庫) · 2003 · 訳: 米川良夫

    旅人マルコ・ポーロが、皇帝フビライ・ハンに、帝国の中にあるという都市の数々を語って聞かせる。記憶の都市、欲望の都市、死者の都市、細い糸で宙に吊られた都市。一つひとつの都市は数ページの散文詩のような断章で、そのあいだに二人の対話がはさまります。筋らしい筋はありませんが、どこから開いても読め、読み返すたびに違う都市が心に残る本です。言葉そのものが風景をつくる体験をしてみたい人に。初訳は『マルコ・ポーロの見えない都市』(1977年)。

    向かない人:

    登場人物の物語を追いたい人。小説というより、散文詩の連作として読む本です。

    確認した情報源: 国立国会図書館サーチ:見えない都市(河出文庫、2003年、米川良夫訳)

  4. はてしない物語 ミヒャエル・エンデ

    原題: Die unendliche Geschichte

    岩波書店 · 1982 · 訳: 上田真而子・佐藤真理子

    少年バスチアンが古本屋で見つけた一冊の本。その中の国「ファンタージエン」は「虚無」に呑まれて消えかけていて、読み進めるうちに、読者であるはずの少年自身が物語の中へ入り込んでいきます。前半は冒険物語、後半は望みを叶えるたびに自分の何かを失っていく、ずっと苦い物語。子どもから大人まで愛される幻想文学の名作で、岩波書店の単行本は現実と物語の場面を二色の文字で刷り分けた、本そのものが仕掛けになった一冊です。映画しか知らない人ほど、後半に驚くはずです。

    向かない人:

    短く読める本を探している人。単行本は600ページ近い大作です。

    確認した情報源: 紀伊國屋書店:はてしない物語(岩波書店、1982年)

雰囲気別早見表

雰囲気おすすめ
短く読みたい『夢十夜』『夜市』
妖しく美しい『高野聖』
やさしく懐かしい『家守綺譚』『はてしない物語』
切なく透明『銀河鉄道の夜』
神秘的で静か『ピラネージ』『見えない都市』
ロマンチック『夜のサーカス』

幻想小説を楽しむコツ

  • すべてを理解しようとしない:説明されない部分こそ、幻想小説の味わいです。
  • 情景を思い浮かべながら読む:映像を頭に描くと、世界に入りやすくなります。
  • 短編から始める:『夢十夜』や『夜市』のような短い作品は、入門に最適です。
  • 読み返す:二度目に読むと、まったく違う景色が見えることもあります。

『銀河鉄道の夜』の切なさが好きな人は『銀河鉄道の夜』みたいな小説を、どこにも着かない場所の感覚が好きな人はリミナルスペースを感じる小説を、記憶と忘却の物語なら記憶喪失の小説おすすめもどうぞ。

よくある質問

読者からよく聞かれること

幻想小説とファンタジーの違いは?

重なる部分は多いですが、幻想小説は冒険よりも、夢のような雰囲気や現実と非現実のあわい、説明しきれない余韻を大切にする作品が多いのが特徴です。

初心者におすすめの幻想小説は?

短くて読みやすい『夢十夜』や『夜市』がおすすめです。怖くないものがよければ『家守綺譚』を。

日本の幻想小説の代表的な作家は?

泉鏡花、夏目漱石(『夢十夜』)、宮沢賢治、そして現代では梨木香歩や恒川光太郎などが知られています。

海外の幻想小説で読みやすいものは?

『はてしない物語』『夜のサーカス』『ピラネージ』は、物語として筋を追いやすく、翻訳も読みやすい作品です。

もうひとつの予告編(30秒)